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技術解説 フォアハンドストローク

男子と女子のフォアハンドストロークの違い【ATPスタイル 対 WTAスタイル】

投稿日:2021年2月14日  更新日:

テニスのフォアハンドストロークの打ち方については、「ATPスタイル」と呼ばれるものと、「WTAスタイル」と呼ばれるものの、2種類が存在します。

その2種類が、どのように異なるのかについては、これから説明していきますが、ATPツアーに参加している選手、すなわち男子選手の多くが採用している打ち方を「ATPスタイル」と呼び、WTAツアーに参加している選手、すなわち女子選手の多くが採用している打ち方を「WTAスタイル」と呼んでいます。

この記事では、両者の違い、メリットやデメリットなどについて解説していきます。

ATPスタイルとWTAスタイルの違い

ATPスタイルとWATスタイルの違いを解説していきます。

まず、ATPスタイルのフォアハンドを打つ錦織選手のフォアハンドを見てみましょう。


次に、WTAスタイルのフォアハンドを打つシモナ・ハレプのフォアハンドを見てみましょう。


いかがだったでしょうか。
両者のフォアハンドを見比べてみて、錦織選手のフォアハンドは、バックスイング(テイクバック)が小さくて、ハレプのフォアハンドは、バックスイングが大きいと感じられたかもしれません。
しかし、ATPスタイルとWTAスタイルの本質的な違いは、バックスイングの大きさではありません。WTAスタイルのフォアハンドでも、バックスイングを小さくすることは可能です。

ATPスタイルとWTAスタイルの違いを、「体の動き」の観点から説明すると、WTAスタイルのフォアハンドでは、ラケットのバックスイングの最中に前腕を回外させる動きが入るのに対して、ATPスタイルのフォアハンドでは、バックスイングからフォワードスイングに切り替わるところで初めて前腕の回外の動きが現れます。

※回外とは、前腕を外側にひねる動きのことです。例えば、「右手で、ドアノブを右に回す動き」が回外です。また、「右手で持って立てているラケットを右に倒す動き」が回外です。

両者の違いを、「ラケットの動き」の観点から説明すると、典型的なATPスタイルでは、バックスイングにおいて、グリップエンドがラケットヘッドに先行して後ろに引かれていくのに対して、典型的なWTAスタイルでは、バックスイングにおいて、ラケットヘッドがグリップエンドに先行して後ろに引かれていきます。

このような両者の違いから、下の写真のように、通常、バックスイングの最終局面において、WTAスタイルでは、ラケットヘッド(ストリングが張られている部分)が体の後ろ(前額面を境にして背中側)にあり、ATPスタイルでは、ラケットヘッドが体の前(前額面を境にして腹側)にあります。
下の写真は、ATP、WTA両スタイルのバックスイングの最終局面を、ほぼ同じ角度から写したものです。

写真の左側がATPスタイルのアルベルト・モンタニェスで、写真の右側がWTAスタイルの大坂なおみ選手です。
ATPスタイルとWTAスタイルとでは、ラケットヘッドの位置が異なることがお分かりになると思います。

男子の多くがATPスタイルのフォアハンドになり、女子の多くがWTAスタイルのフォアハンドになる理由

この記事の冒頭でも書いたように、男子選手の多くは、ATPスタイルのフォアハンドストロークを採用し、女子選手の多くは、WTAスタイルのフォアハンドストロークを採用しています。
また、低年齢のジュニアの選手に関しては、男女を問わず、WTAスタイルのフォアハンドを採用する選手が多いです。

以上のことは、どのような理由によるものなのでしょうか。

私は、端的に言えば、「筋力の差」によるところが大きいと考えています。
ATPスタイルでは、「バックスイングの最終局面におけるラケットヘッドの位置」と「実際の打点におけるラケットヘッドの位置」が近くなります。そのため、ラケットヘッドのスピードを上げるためには、バックスイングの後に、ラケットヘッドを急加速させる必要があります。この急加速をさせるためには、上半身における大きな筋力発揮が必要になります。したがって、筋力が強くない女子やジュニアにとっては、ATPスタイルは、ラケットヘッドのスピードを上げにくく、強いボールを打ちにくい、ということになります。
これに対して、WTAスタイルでは、「バックスイングの最終局面におけるラケットヘッドの位置」と「実際の打点におけるラケットヘッドの位置」が遠くなります。つまり、ラケットヘッドを徐々に加速させるために必要な距離を確保することができるということです。そのため、大きな筋力発揮をしなくても、ラケットヘッドを十分に加速させることができるのです。したがって、筋力の強くない女子やジュニアは、矯正を行わない場合、WTAスタイルのフォアハンドを打つようになると考えられます。

このように、男子の選手もジュニアの頃には、WTAスタイルのフォアハンドを打っていることが多いのですが、成長していくにつれてATPスタイルのフォアハンドに変わっていくことが多いです。指導者に矯正されて変わることもありますが、自然と変わっていくこともあります。私は、後者の方が多いのではないかと想像しています。私自身のフォアハンドストロークもATPスタイルですが、誰かに矯正されて、ATPスタイルになったわけではありません。
男子のジュニアが自然とATPスタイルのフォアハンドに変わっていく理由としては、次のようなことが考えられます。まず、男子は十代の後半から筋力が大きく発達するため、小さなバックスイングでも、十分なフォワードスイングのスピードを出すことができるようになります。そして、筋力が強く、ラケットのスイングスピードが速い男子は、女子よりもトップスピンの量を増やして打つ傾向にあるところ、後述するように、ATPスタイルの方がWTAスタイルよりもトップスピンをかけやすいので、トップスピンのかけやすさを求めて、ATPスタイルのフォアハンドに近づいていく、という可能性があります。
このようなことから、男子の選手においては、自然とATPスタイルのフォアハンドに変わる可能性があると考えることができます。

以上のように、筋力の高い男子は、小さなバックスイングで、トップスピンをかけやすいATPスタイルを採用し、筋力の高くない女子やジュニアは、楽に強いボールを打つことができるWTAスタイルを採用することが多いということになります。

ATPスタイルとWTAスタイルのメリット・デメリット

これまでに説明してきたことと重複するところもありますが、ATPスタイルとWTAスタイルのメリットとデメリットを整理しておきましょう。

ATPスタイルのメリットとデメリット

■ メリット

ATPスタイルフォアハンドのメリットとしては、トップスピンをかけやすい、ということが挙げられます。
これについて、少し詳しく説明します。まず、前提として、トップスピンを多くかけるためには、ラケット面を地面に向けて少し伏せた状態でボールを捉えることが有効とされています(Cross & Lindsey, 2005 常盤訳 2011)。ATPスタイルでは、バックスイングで前腕の回外動作が出現しないため、スイングの最中にラケット面を伏せておくことができ、ラケットでボールを捉えるインパクトの瞬間も、ラケット面をやや伏せておくことができます。これに対して、WTAスタイルでは、バックスイングの時点で前腕が回外するため、ラケット面を伏せておくことが難しくなります。バックスイングの時点でラケット面が下を向いていないため、インパクトの瞬間でもラケット面を伏せることが難しくなります。このようなことから、ATPスタイルでは、トップスピンをかけやすく、WTAスタイルでは、トップスピンをかけにくくなります。そのため、一般論としては、WTAスタイルを採用している選手よりも、ATPスタイルを採用している選手の方が、フォアハンドストロークのトップスピン量が多くなります。

■ デメリット

ATPスタイルのデメリットを挙げるとするならば、必要十分な筋力がないと、ラケットのスイングスピードを上げることが難しい、ということです。

WTAスタイルのメリットとデメリット

■ メリット

WTAスタイルのメリットは、高い筋力がなくても、ラケットのスイングスピードを上げやすいということです。つまり、大きな筋力発揮を必要とせずに、楽に、強いボールを打つことができるということです。

■ デメリット

WTAスタイルのデメリットは、ATPスタイルと比較すると、トップスピンをかけにくい、ということになります。

ATPスタイルとWTAスタイルの優劣

男子選手は、ATPスタイルのフォアハンドを採用するべきか

私は、ATPスタイルの方がトップスピンをかけやすいため、一般論としては、フォアハンドストロークのミスが減り、結果として勝率が上がるのではないかと考えています。
実際に、ほとんどのATPプロは、ATPスタイルのフォアハンドを採用しています。
したがって、男子が競技としてテニスをやるのであれば、ATPスタイルのフォアハンドを採用する方が無難であるといえます。

ただ、近年の世界トップレベルの選手の中にも、WTAスタイルのフォアハンドを採用している選手もいます。それは、フランスのジェレミー・シャルディーです。

Jeremy Chardy


シャルディーは、過去にATPランキング25位を記録している実力者で、フォアハンドストロークを得意としています。

ATPスタイルのフォアハンドを持っていなければ高いレベルに到達できない、ということではありません。
ジュニアの頃からWTAスタイルのフォアハンドを打っていて、それが上手くいっているのであれば、無理にATPスタイルに変更する必要はないでしょう。

女子選手も、ATPスタイルのフォアハンドを採用するべきか

近年は、女子の選手の中でも、ATPスタイルのフォアハンドを採用する選手が少なくありません。
例えば、ロシアのダリア・カサキナ(Daria Kasatkina)も、その1人です。

Daria Kasatkina


他には、ベラルーシのアリナ・サバレンカ(Aryna Sabalenka)やポーランドのイガ・シフィオンテック(Iga Swiatek)なども、ATPスタイルのフォアハンドストロークを打ちます。彼女たちのような若い選手の中で、ATPスタイルのフォアハンドが増えてきています。

ATPスタイルのフォアハンドを採用する女子選手が増えた理由は、史上最高とも評価されるロジャー・フェデラーのフォアハンドストロークが広く研究されるようになり、その結果、「フェデラーのようなATPスタイルのフォアハンドが理想的である」と考える指導者や選手が増えたことにあると想像しています。選手が自らフォアハンドストロークをATPスタイルに変更することもあるでしょうし、指導者がATPスタイルに矯正しているということもあるでしょう。

では、女子の選手もATPスタイルのフォアハンドを採用した方が良いのでしょうか。
この点については、私は、女子選手もATPスタイルのフォアハンドを採用すべきだと断言することはできません。男子よりも筋力の劣る女子選手にとっては、楽に強いボールを打つことのできるWTAスタイルのフォアハンドを採用した方が、蓄積される疲労も小さく、トーナメントを勝ち上がるためには効率が良いと考えることもできるからです。
これまでのテニスの歴史の中で、WTAのシングルスランキング(世界ランキング)で1位になった選手は27人いますが(2021年1月30日現在)、私が調査したところでは、その中でATPスタイルのフォアハンドを採用していたのは、マルチナ・ナブラチロワ、トレーシー・オースチン、ジュスティーヌ・エナンの3人だけです。その他の24人は、皆、WTAスタイルのフォアハンドを採用しています。
女子選手にとって、ATPスタイルの方がWTAスタイルよりも優れていると断言できない以上、無理にATPスタイルに矯正する必要はないというのが私の考えです。

まとめ

ここまで、ATPスタイルのフォアハンドとWTAスタイルのフォアハンドについて解説をしてきました。

ATPスタイルとWTAスタイルとの間に絶対的な優劣があるわけではなく、また、言うまでもなく、ATPスタイルとWTAスタイルのどちらを採用するかは、個人の自由です。この記事で解説したメリットやデメリットなどを参考にしていただき、どちらを採用するかを決めていただけたらと思います。

<参考資料>
Rod Cross, Crawford Lindsey著、常盤泰輔訳『テクニカル・テニス―ラケット、ストリング、ボール、コート、スピンとバウンドの科学』(丸善プラネット、2011年)

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