先日、読者の方から、「ラケットの重さやストリングパターン(ストリングの本数)などの性質は、ボール(打球)にどのような影響を与えるのか」というご質問をいただきましたので、それについて解説をしていきたいと思います。
物理学的な見地から考えると、打球に影響を及ぼす要素として、ラケットの➀重さ、➁長さ、➂フレームの硬さ、④ストリング面の硬さ(面圧)、⑤ストリングパターン(ストリングの本数)を挙げることができます。
➀ラケットの重さについて
まず、ラケットの重さは、ボール(打球)にどのような影響を与えるでしょうか。
ラケットの質量が与える影響
ラケットでボールを打つという場合、ボールに物理的な影響を与えるのは、ラケットの持つ運動エネルギーです。その運動エネルギーが大きいほど、打球のスピードは大きくなります。
そこで、まずは、ラケットの運動エネルギーを考えましょう。
ここでは、ラケットは、スイング中、胸椎を回転軸として回転運動をしていると考えます。
回転運動をしている物体の運動エネルギー(K)の計算式は、その物体の慣性モーメントをI(アイ)、角速度をω(オメガ)としたとき、K = ½Iω²となります*¹。
*¹慣性モーメントとは、回転運動に対する抵抗の量、すなわち「回りにくさ」の程度を表す量です。また、角速度とは、回転運動の速度のことです。ここでは、これらの意味を深く理解する必要はありません。
慣性モーメントは、回転運動をしている物体(ここでは、ラケット)の質量に比例しますので、ラケットが重たくなればなるほど、慣性モーメントが大きくなります。
そして、慣性モーメントが大きいということは、上記の計算式に従って、運動エネルギーが大きいということになります。
したがって、同じ速さでラケットを振ったと仮定すると、ラケットが重たいほど、ボール(打球)のスピードが上がるということです。
これは、あくまでも、重たいラケットを振っても、スイングスピードが落ちないということが前提になっているわけですが、実際の実験データとして、ラケットの重さを500グラムまで上げても、グラウンドストロークの打球速度は上がり続けるというものがあります(Cross & Lindsey, 2005 常盤訳, 2011, pp.23-25 )。一方で、この実験では、サーブの打球速度については、ラケットの重さが300グラムを超えると、減少に転じています。この300グラムという数字は、あくまでも、この実験の被験者に限ってのものですが、一般論としても、重いラケットを使ってサーブを打つ場合、グラウンドストロークを打つ場合と比較して、スイングスピードが落ちやすく、それによって、打球速度も落ちてしまうということです。
ラケットのスイングウェイトが与える影響
なお、ラケットに関しては、その「質量」の他に、「スイングウェイト」というものについても議論されます。
ラケットのカタログにも、このスイングウェイトが表記されていることがあります。
スイングウェイトとは、ラケットのグリップエンド付近を固定して、そこを回転軸として回転させたとき、ラケット面に対して垂直な方向に生じる抵抗力を示すものです。大雑把に言うと、ラケットを振ったときに、どれくらい重たいと感じられるか、という指標です。
このスイングウェイトには、ラケットのバランスが関係しています。
ラケットの質量が同じであったとしても、ラケットの先端部分が重いトップヘビーのラケットですと、スイングウェイトは大きくなり、ラケットの先端部分が軽いトップライトのラケットですと、スイングウェイトは小さくなります。
スイングウェイトが大きいということは、慣性モーメントが大きいということを意味します。
したがって、スイングウェイトが大きいラケットが持つ運動エネルギーは大きいことになり、同じ速さでラケットを振ることができると仮定すると、スイングウェイトが大きいラケットで打つ方が、スイングウェイトが小さいラケットで打つよりも、ボールのスピードが上がるということになります。
➁ラケットの長さについて
では、次に、ラケットの長さは、ボール(打球)にどのように影響するでしょうか。
通常、ラケットの長さは、27インチ(68.58センチ)ですが、1990年代後半に27.5インチや28インチのラケット(いわゆる「長ラケ」)がブームとなり、現在でも、27.25インチや27.5インチのラケットは製造・販売されています。
あまり知られていませんが、プロの選手の中には、今でも長ラケを使っている人は多いです。
勘の良い方は、すでにお気づきかもしれませんが、ラケットの長さが長くなればなるほど、ラケットの慣性モーメントは大きくなります。
先ほどの計算式、K = ½Iω²に従うと、ラケットの長さが長くなると、ラケットの運動エネルギーも大きくなります。
したがって、ラケットを同じ速度で振れると仮定すると、ラケットの長さが長くなると、ボール(打球)のスピードが上がるということになります。
プロの選手が長ラケを使用する理由は、リーチが長くなるということに加えて、パワー不足を補うという点にあるのです。
➂ラケットのフレームの硬さについて
続いて、ラケットのフレームの硬さは、ボール(打球)にどのような影響を与えるでしょうか。
ラケットの硬さは、ラケットのカタログなどで、「RA」という値で示されていることがあります。最近のラケットですと、RAは、大体60~70くらいです。数値が高くなるほど、そのラケットは硬い、ということです。
さて、ラケットでボールを打つという場合、ラケットの持つ運動エネルギーが、ボールに作用するわけですが、インパクトによって失われるエネルギーもあります。
例えば、インパクトの際に、ラケットが振動するとき、ラケットの持っていた運動エネルギーは、その振動に使われて消失します。
このとき、フレームが硬いラケットは、軟らかいラケットに比べて、フレームがしならず、インパクトの際の振動が小さくなります。
そのため、フレームが硬いラケットでは、振動に使われる運動エネルギーが小さくなり、より多くの運動エネルギーがボールに伝えられることになります。
このような意味で、ラケットのフレームが硬いラケットは、軟らかいラケットに比べて、ボール(打球)のスピードを上げることができるといえます。
ただし、ラケットのスイートスポットでボールを打ち、フレームが振動しない場合は、硬いラケットであっても、軟らかいラケットであっても、違いは生じないとされています。
なお、一般論としては、ラケットのフレームが厚いと、そのフレームは硬く、逆に、フレームが薄いと、そのフレームは軟らかくなります。厚いラケットはパワーがあって、薄いラケットはパワーがない、と言われるのは、そのためです。
④ラケットのストリング面の硬さ(面圧)について
それでは、ストリング面の硬さ(面圧)は、ボール(打球)にどのような影響を与えるでしょうか。
ストリング面の硬さは、ストリングパターン、フェイスサイズ、ストリングの種類・テンションなどによって決まります。
ストリングパターンが粗いもの(ex. 16×16)より、細かいもの(ex. 18×20)の方が、ストリング面が硬くなります。
ストリングパターンが同じである場合、フェイスサイズが大きいものより小さいものの方が、ストリング面が硬くなります。
また、ポリエステルのような硬い素材のストリングを張ったり、高いテンションで張る場合は、ストリング面は硬くなります*²。
*²ただし、ストリングの素材やテンションが、これから述べるような「ボールの飛び」に与える影響は非常に小さいとする見解があります(川副, 2003)。
ボールのスピード
結論から言いますと、まず、ストリング面が硬いと、ストリング面が軟らかい場合よりも、ボール(打球)のスピードは落ちます。
その理由を説明することは容易ではありませんが、できるだけ簡単に説明します。
ラケットでボールを打つ場合、インパクトの瞬間に、ストリングはグニャっとたわみ、また、ボールもつぶれます。その後、たわんだストリングは元に戻ろうとしますし、また、つぶれたボールも元の形に戻ろうとします。それらのエネルギーによって、ボールは飛んでいくのです。
このとき、たわんだストリングが元に戻ろうとする運動エネルギーは、つぶれたボールが元の形に戻ろうとする運動エネルギーよりも大きいことが分かっています。したがって、ストリングのたわむ量が大きく、他方で、ボールのつぶれる程度が小さくなる方が、よりボールのスピードが大きくなるのです。ストリングのたわむ量が大きい場合というのは、すなわち、ストリング面が軟らかい場合です。逆に、ストリング面が硬い場合は、ストリングのたわむ量が小さくなり、ボールのつぶれる程度が大きくなるので、ボールを飛ばす運動エネルギーは小さくなり、ボールのスピードは落ちるということになるのです。
ボールの打ち出し角度
そして、ラケットを下から上にスイングする場合、ストリング面が軟らかいときは、硬いときと比較して、ボールの打ち出し角度が大きくなります。つまり、ストリング面が軟らかいと、ボール(打球)が上に上がりやすくなるということです。
その理由は、ストリング面が軟らかいときは、ラケットとボールの接触時間が長くなり、その分、ボールが、ラケットのスイング軌道の影響を受けやすくなるからです。
ストリングパターンが粗いラケットを使うと、ストリングパターンが細かいラケットを使う場合と比較して、ボールが上に上がると感じられると思いますが、これは、前者のラケットのストリング面が軟らかいことが要因と考えられます。
⑤ラケットのストリングパターンについて
そして、最後に、ストリングパターン(ストリングの本数)の影響について考えてみましょう。
まず、先ほどもご説明したように、ストリングパターンは、ストリング面の硬さに影響を与えます。
そして、近年、ストリングパターンが、ボールのスピン量に影響を与えるということが言われています。
すなわち、ラケットでボールを打つとき、ボールとの接触により、ストリングがずれますが、そのずれたストリングが元の位置に戻ろうとするエネルギーが、ボールのスピン量(回転量)を増加させるというのです。
このように、一旦ずれたストリングが元に戻る現象は「スナップバック」と呼ばれています。
この理論に従うと、ストリングがずれやすいストリングパターンの方が、より多くのスピンをかけることができるということになります。
ストリングがずれやすいストリングパターンというのは、16×16というような粗いストリングパターンです。
もっとも、ストリングがずれたままで、元に戻ることができなくなっている状態のストリングには、当然ですが、スピン量を増加させる効果はありません。
まとめ
これまで、ラケットの性質と、ボールのスピード・スピン量との関係について、「理論上は、こうなる。」ということを説明してきました。
ただ、実際のプレーにおいて、打球速度の出やすいラケットやスピンのかかりやすいラケットを使ったからといって、必ずしも狙い通りの結果になるとは限りません。
例えば、打球速度の出やすいラケットを使ってみたものの、制御が難しく、エラーを恐れて、思い切り打てないので、それほど打球速度が出せていないということもあるでしょう。
逆に、打球速度の出にくいラケットに変更したところ、全然ボールが飛ばないので、自然とスイング速度が速くなり、以前のラケットと同等以上の打球速度が出ているということもあり得ます。
これらのことは、ラケットの使い手の技術や体力にも左右されますので、実際にプレーをしてみなければ、どのような結果になるかは分かりませんが、それもまた、テニスの面白さなのではないでしょうか。
<参考資料>
・Rod Cross, Crawford Lindsey著、常盤泰輔訳『テクニカル・テニス―ラケット、ストリング、ボール、コート、スピンとバウンドの科学』(丸善プラネット、2011年)
・川副嘉彦「(特集:素材とスポーツ)テニスラケットの素材・構造と性能」(『バイオメカニクス研究(日本バイオメカニクス学会誌)』第7巻2号、2003年、136-151ページ)